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  • vol.1 新しいサービスを築くというやりがい − 株式会社ディー・エヌ・エー 山口真由




事業参画の経緯についてお聞きできますでしょうか?

 大手総合広告代理店にて2年半の実務経験を経て、総合情報誌を出版する大手企業に転じ、web媒体の編集部に所属していました。DeNAの事業参画は99年9月頃からで、ビッダーズのサービス立上げ時に前職で業務として関わるようになったのがきっかけです。

 2000年1月には、出向してwebサイトの編集を中心に担当するようになりました。同年の1月に正式にオークションサービスをスタートさせたのですが、その場に関われたときの感動を今でも鮮明に覚えています。
 前職及び前々職では、それなりの仕事を任されていましたが、大企業でしたので仕組みがしっかりと構築されている中での仕事でした。色々な経験をさせて頂きましたが、DeNAという出来たばかりの企業で、新しい事業やサービスを築いていくというやりがいは、何ものにも替えがたく魅力に感じました。
サービス開始からの半年間は、本当にアグレッシブな毎日でした。同年の10月に正式入社し、より深く事業にコミットしていくことになりました。



サービス立上げの様子を教えて下さい。

 ビッダーズで商品の出品ができるようになったのが、忘れもしない2000年1月17日です。代表の南場が、「カットオーバー(システム等の稼動が開始されること)の予定は17日!」と決めていたので、現場はなんとか期限に間に合うようにと、毎日が24時間体制で、年末年始もほとんどない状態で猛烈に仕事していました(笑)。
 誰もがwebサービスに関しては素人に近かったですし、もちろんオークションサイトを作ったこともなかったので、すべてが手探り状態です。あの様な状態で、よく立ち上げることができたなぁ、と我ながら感慨深いものがあります。当時メンバーは総勢10数名程度でしたが、編集は私とデザイナーの2名で行っていました。
 通常webシステムは、本番環境にアップする前にテスト環境を用意して、サーバーにアップする前に十分なテストをしますが、当時は、いきなり本番環境にアップするしか方法がなく、リンク切れがあったりと大変でした。カットオーバー数日前になって、出品情報にカテゴリ分けがないということに気がついて慌ててシステムの人に作ってもらったということもありました。カットオーバーの日の早朝、事前に受け付けていた出品情報をカテゴリごとに手で仕分けしていくという荒業もやりました。今から考えたら、超アナログ作業ですね。
 でも、まさに“手作り”で手掛けたサービスが初めて世に出たときのあの感動は、一生忘れることの出来ないかけがえのない経験となりました。



当時の社内の雰囲気はどんな感じでしたか?

 そうですね。ほとんど寝る間も惜しんで働いてましたね。ミーティング等で、帰りが夜中の3時ぐらいになることもしばしばありました。ほとんどみんな会社に泊まってましたよ。私は、「会社に泊まっては20代の女性としてダメになる(笑)。」と思ってたので、どんなに遅くなっても帰りました。
 誰もが疲れていたと思うのですが、新しいことを創っているんだという、未来への期待感がみんなの気分を高揚させていたのか、ハイテンションで仕事に打ち込んでいました。一種の熱病にうなされたような感覚でしたね。さすがに今では当時のようなことはありませんが、株式公開をきっかけに組織の体制も少しずつ整ってきて、新卒採用にも着手し、人材をしっかりと育てられる環境が整ってきました。


--------------------【山口 真由氏プロフィール】--------------------
1972年生まれ 東京都出身
1995年 3月  早稲田大学第一文学部卒業。
          大手総合広告代理店、総合情報誌出版企業を経て、
2000年10月  株式会社ディー・エヌ・エーに参画。
2005年 2月  同社が東証マザーズに株式公開を果たす。


株式会社ディー・エヌ・エー


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インタビューINDEX
vol.1 新しいサービスを築くというやりがい
vol.2 DeNAの事業の変遷
vol.3 株式公開となるまでに感じた組織の変化

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