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  • vol.1 エン・ジャパン立ち上げの経緯 − エン・ジャパン株式会社 取締役 営業部長 鈴木孝二





エン・ジャパン設立の経緯についてお聞きできますでしょうか?

 エン・ジャパンが設立されたのは2000年1月ですが、インターネットによる採用広告ビジネスは5年前の1995年1月には始めていました。その頃は、エンの前身でもある日本ブレーンセンターのデジタルメディア事業部として運用を開始し、『総合転職情報サイト「縁」エンプロイメントネット』と呼んでいました。

 1995年と言えば、日本ではインターネットの黎明期とも言える時期ですね。アメリカでYahooが設立された年でもあり、Googleの共同創業者の2人がスタンフォードで検索の基礎技術を作った年でもあり、これからインターネット時代が必ず来るだろうと騒がれ始めた時期でもあります。ただ、日本においては、ほとんどインターネットが普及してなかったですし、今でこそ当たり前のようになりましたが、就職活動や転職活動でインターネットを活用されていらっしゃる方はほとんどいなかったのではないでしょうか。そのような時期に私たちのサービスはスタートしました。
 私達はいわゆるネットベンチャーという意識はなかったのですが、「近い将来、必ずやインターネットを活用して就職・転職活動をするような時代になる」と考えていましたので、当時、採用広告と言えば圧倒的に紙媒体が主流の時代であった95年という早い時期から総合転職情報サイトの事業を立ち上げたのです。


立ち上げにはどのくらいの期間がかかったのでしょうか?

 5年はまるまる投資に資金が向けられたと思います。デジタルメディア事業部としては「インターネットで転職活動をする世の中が、やがて来るんだ。」という強い思いは持っていたものの、事業として考えた場合、利益が出ず、なかなか収益化ができずに苦しい時期が続きました。そのような状況の中、社内では、「もう撤退した方が良いのではないだろうか?」という声が何度も挙がっていましたが、代表の越智の強い信念と、先を見る力を信じ、デジタルメディア事業を続けていきました。


鈴木さんはいつ事業に参画されたのでしょうか?

 私自身は、「縁」エンプロイメントネットがサービスを開始した年である95年の4月に日本ブレーンセンターに新卒入社しました。日本ブレーンセンターは、現在のエン・ジャパンと同じく「採用」「教育」「評価」という3つのコンセプトを持ち、人事コンサルティング企業としてサービスを展開していました。私が入社した頃は、社員が120名ぐらいだったと思います。就職活動では、「ああしたい、こうしたい。」という強い動機があったわけではありませんが、越智の語る理念の正しさや考え方に共感し、ブレーンセンターに入社しようと思ったのです。独立志向や経営志向があったわけではありませんが、影響力が大きい仕事がしたいという思いがありました。


具体的にはどのような業務をされていたのでしょうか?

 1年目はまず中途採用に関する営業として仕事を覚えることに注力し、2〜3年目になって新卒採用に関する営業に携わりました。4〜5年目には、教育・評価サービスを提供する部門に配属されましたので、日本ブレーンセンターに在籍していた頃は、デジタルメディア事業とはほとんど縁がありませんでした。
 2000年1月、日本ブレーンセンターのデジタルメディア部門を分離独立させ、エン・ジャパンを設立することになりまして、取締役として立ち上げに参加することになったのです。私自身が取締役になったのは、たまたまのことだったと思っていますが、自身にとっては成長する良い機会を与えてもらいました。


--------------------【鈴木 孝二氏 プロフィール】--------------------
1971年生まれ 愛媛県出身
1995年3月 同志社大学商学部卒業
1995年4月 株式会社日本ブレーンセンター入社
2000年1月 エン・ジャパン株式会社設立と同時に、取締役に就任
2001年6月 同社がナスダックジャパン(現ヘラクレス)にてIPOを果たす。
        取締役 営業部長として、同社の急成長を牽引する。

エン・ジャパン株式会社

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インタビューINDEX
vol.1 エン・ジャパン立ち上げの経緯
vol.2 一気にIPOするために
vol.3 株式公開後の展開
vol.4 今後どのように歩むか

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