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  • vol.3 IPOまでの道のり − 株式会社ドリコム 取締役 廣瀬敏正






ところで4名の方は結局大学を卒業されたのでしょうか?

 内藤以外は卒業させて頂きました。私は7年かかりましたね。安藤が6年、井上も6年かかっていますが、結果的にはみんな卒業しました。


4期でIPOしていますが、いつIPOしようと決めたのでしょうか?

 IPOに関しては漠然と心には抱いていたのですが、本格的にスケジュールまで落とし込んだのは2004年の12月ですね。実際は、IPOしようとしたときにあと1年ちょっとしかないという状態でした。


そうしますと、監査はいついれたのでしょうか?

 2004年の2月の時点で、監査を入れていました。これは、ある外部の方からのアドバイスがきっかけでした。本格的には2004年の12月に、1年2ヵ月後の2006年2月に上場しようということをバチっと決めて、そのときに私がCOOからCFOに移りました。やっていること自体は、ほとんど変わらなかったのですが、組織設計上の配置転換をしました。


IPOをしようと思ったときの売上利益は、そうしますと第3期が締まる前ですね。

 そうですね。売上で言えば1億2,000万円ぐらいでした。


一般的には売上規模としては小さいと思いますが、IPOできると思った理由はどこにあったのでしょうか?

 IPOに関しては私が統括して進めました。大変でしたよ、やっぱり。ただ、私の下に執行役員が入社しまして、元々大手監査法人で公認会計士として活躍し、その後、上場企業で管理部長をやっていた経験がありましたので、数字周りは全部任せることができました。社内の体制づくりだとか、売上予算を達成していくところだとか、証券会社さんとのやり取りのところだとかを私の方で担当していました。ただ、IPO準備も大変ですが、会社を創るほうがよほど大変ですよ。


会社を創るということにおいては、何が大変ですか?

 何もない、ということですね。人もないし、お金もないし、信頼もないし、なんにもないという状態ですからね。一個一個積重ねていって、IPOという事象があるわけですので、ここだけ切り出して大変ですか?と言われるとそんなこともないのですが、そこに至るまでの過程というとめちゃくちゃ大変でした。


コミュニティサイトから受託開発を経て、今ではブログのソリューションが中心になっていますが、ブログに目をつけることになったのはどのような経緯があったのでしょうか?

 実は学生向けのコミュニティとつながっていまして、コミュニティサイトなので当然利用者の方々が会員登録をして、ユーザプロファイルを持つんですね。どこどこの大学だとか、将来の夢はこうですとか、というものですね。コミュニティのなかでは、当初、掲示板機能がユーザさんにうけるだろうって思っていたのですが、始めてみたところあんまり盛り上がらなかったんです。ただ、登録しているユーザさんのプロファイルを見るのはすごく面白かったんですね。「あっ、この人こんな人なんだ」っていうことが分かることがすごく面白かったんです。そこで、プロファイルに関する機能をどんどん追加していって、この人の日々のことをわかるために「日記機能」をつけましょう、さらに、過去のことを知ってもらうために「バイオグラフィ機能」をつけましょう、というように発展していって、「プロフィール」と「日記」と「バイオグラフィ」という3点セットがコミュニティのなかで出来上がったんですね。
 この部分は面白いということが分かってきましたので、このプロファイル機能だけを外に出しましょう、という流れになって、マイプロフィールというサービスが始まりました。「ウェブ上で自分のプロフィールを持ちましょう」というコンセプトですね。これが、会員数15万人ぐらいまでに広がっていって、ビジネスメールとかでも署名の最後に「私のプロフィールはこちらです」と書いて頂く方が増えていきました。
 そんなとき2003年の1月に、確か・・・、内藤がコンビニで売られていたネット系の雑誌を買ってきて、端っこの方の記事で「アメリカでブログが大流行」というものが書かれていたんですね。「あ、そうなんだ」と思って、家に帰ってみて、アメリカのブログを見ていると、よくよく見ればマイプロフィールと同じなんですよ。日本では「日記サービス」と呼ばれていて、海外では「ブログ」と呼ばれていただけなんですね。
 ネットサービスの流れを考えるとこれは日本でも流行るだろうということと、なおかつ今の自分たちの資産がそのまま上手く活用できるだろうという2つの要素がありましたので、日本で初めてのブログサービスとして展開しようという決断のもとマイプロフィールのリニューアルをかけたのが2003年の6月でした。偶然とも言えますが、過去やってきたものが今のブログサービスにそのまま引き継がれているのです。


--------------------【廣瀬 敏正氏プロフィール】--------------------
1979年 5月10日 岐阜県に生まれる
1998年 4月 同志社大学経済学部入学
2000年 8月 学生団体ドリコムに参加
2001年 11月 ドリコムを法人化するとともに、取締役に就任
2005年 1月 株式会社ドリコムテック監査役就任
2006年 2月 株式会社ドリコムが東証マザーズにIPOを果たす。
       同社の牽引役として事業推進に大きな役割を果たしている。

株式会社ドリコム

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インタビューINDEX
vol.1 「ドリコム」が誕生するまで
vol.2 企業として活動
vol.3 IPOまでの道のり
vol.4 選択という決断
vol.5 ドリコムらしさと成長戦略

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