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  • vol.4 選択という決断 − 株式会社ドリコム 取締役 廣瀬敏正






前段のコミュニティサービスは、今のSNSと似ているとも思うのですが?

 非常に閉ざされたコミュニティでもありましたし、地域にもフォーカスをしていたので、そんなに大きな広がりは見せませんでしたが、考え方としては近いものがありますね。
 ブログを始めようとしたときに、自分たちのやろうとしているビジネスが描けたという点が大きかったですね。その当時、ブログをやろうと決めてから3ヶ月ぐらい後に、実はSNSをやろうかどうか凄く迷ったんですね。まだ、mixiやgreeが登場する前ですが、アメリカでSNSが登場していましたので、社内でも色々議論がありました。結果的にはビジネスできないだろうということで、SNSはやめてブログだけに特化してサービスを展開することになりました。


ブログは商売になると思って、SNSは商売にならないと思ったのはなぜでしょうか?

 SNSに関しては、結果的には1社しか勝てないビジネスじゃないかな、と思ったんですね。結局ネットワークの理論で、どんどんどんどんネットワークが広がっていくので、最初はいくつか立ち上がるんでしょうけど、一つ大きなものが出てくるとそこしか勝てないビジネスだな、と思ったんですね。当時は、おそらくポータルサイトが勝つだろうな、という予測をしていました。実際はmixiさんがうまく展開されて大きくすることに成功していますが、私達が同じタイミングで入っていったとしてもたぶん勝てなかったと思いますし、そのときもそう考えましたのでSNSはやりませんでした。
 ブログに関しては、BtoC、いわゆる一般ユーザさん向けのブログでは勝ち目はないだろうと思ったのですが、BtoCのブログを始める会社さんの裏側をお手伝いするとか、単純に社内でブログを利用しようとする会社さん向けであれば、十分勝てるのではないかと考えたんですね。
 例え話でよく使うのですが、まさにブログってゴールドラッシュだと思うんです。「金が出た」と。その金を日本で最初に見つけて掘り始めたと。ただ、金を掘ってビジネスをするには、「スコップ」を持っているのか、「ブルドーザー」を持っているのかで、結果が全然変わってきてしまいますよね。私達は「スコップ」しか持っていませんでしたので、金を掘っても多分リッチにはなれないだろうと思ったんです。でも、金を掘る人のためにジーンズをつくって提供すればおそらく勝てるだろうなと思いまして、まさにリーバイスのように自分たちは金を掘らずに金を掘る人たちのお手伝いをしようというところにフォーカスをしたという点が成長できた大きな要因かと思います。


今、大変だったというお話がありましたが、やはり創業当時は朝から晩までという状態が続いたのでしょうか?

 創業当時は何にも無かったですね。土日も夜も何にも無かったです。ブログに事業を注力し始めた2003年の夏頃から、ようやく日曜だけ休めるようになったかなぐらいの感じでやってきました。


何がそこでまでやろうという気持ちを支えていたのでしょうか?

 なかなか答えが難しいですね・・・。確かにしんどいんですよ、すごい大変なんですけど、苦痛ではなかったですね。単純に言うと、やっぱり楽しいって言う方が近いですね。やりたいことをやっているということだけなんです。
 実は、私自身ドリコムに入ってすごく大事な経験をしていまして、2002年の6月に病気を患ったんですね。どういう病気かと言いますと、心臓にウィルスが入りまして、心臓の筋肉が炎症を起こしてしまって、普通1分間に50〜60回鼓動を打つものが、40、30、20、10って減っていって最後はゼロになって死んでしまうという病気だったんですね。私が病院で倒れたときは、1分間に10回ぐらいしか心臓から血が送れなくなった状態で、もしかしたらあと2時間ぐらい気づかずにそのまま家にいたら、何の痛みもないまま心臓が止まって死んでしまったかもしれなかったんです。すぐに大きな病院に運ばれて手術をしたんですけど、頭に血がまわらないので眠くなっちゃうんですね。意識が飛んでしまうんですけど、看護婦さんに、ドラマのように「寝ちゃだめ、寝ちゃだめ」って言われて起こされて、しまいには携帯をまさぐられて、親に電話をかけさせられて、「最後の言葉を言いなさい」って言われて。母親に「なんか分かんないんだけどもうダメらしい」ってことを言って・・・。まったく痛くもなんともないんです。頭に血がまわらないっていうだけなんですが。
 そのときにすごい後悔をしたんですよ。「あぁ、もっとドリコムのことやりたかったなぁ」とか、「もっとこんなことをすれば良かったなぁ」とか、すごい後悔があってですね。たまたま若いこともありましたし、倒れたのが病院だったということもあったので、すぐに措置をして、1ヶ月ぐらい入院をして戻ることができて。今はなんの問題もないんですが。それがやっぱり僕にとってはすごく大きな経験で、「あっ、人間っていつ亡くなってしまうか分からないんだな」「やりたいことってそのときにやらないといけないんだな」とそのとき身をもって感じてですね。なので、苦痛は全然ないんですよ。単純になんでそんなに頑張るんですかって聞かれても、楽しいからやりたいから頑張るっというぐらいしか答えられないんです。それは、みんな一緒だと思いますよ。内藤もそうだし、他のボードメンバーもそうだし。社員の方とかもそうだと思いますね。


--------------------【廣瀬 敏正氏プロフィール】--------------------
1979年 5月10日 岐阜県に生まれる
1998年 4月 同志社大学経済学部入学
2000年 8月 学生団体ドリコムに参加
2001年 11月 ドリコムを法人化するとともに、取締役に就任
2005年 1月 株式会社ドリコムテック監査役就任
2006年 2月 株式会社ドリコムが東証マザーズにIPOを果たす。
       同社の牽引役として事業推進に大きな役割を果たしている。

株式会社ドリコム

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インタビューINDEX
vol.1 「ドリコム」が誕生するまで
vol.2 企業として活動
vol.3 IPOまでの道のり
vol.4 選択という決断
vol.5 ドリコムらしさと成長戦略

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