名刺から収益を最大化するクラウドサービス「リンクナレッジ」で世界を目指す

Sansan株式会社

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vol.1日本の企業として世界で戦っていきたい

「名刺管理・共有」を起点に企業の収益を最大化するクラウドサービス「Sansan」を提供し、急成長中のベンチャー、Sansan株式会社。CRM/SFA分野で躍進を続ける同社で「Sansan」の開発責任者として活躍し、現在、新しいプロジェクトに携わるエンジニア藤倉氏に、Sansanへ参加する経緯や同社の魅力についてお聞きしました。

Sansan株式会社 GEESプロジェクト部 プロジェクト副責任者藤倉成太

−前職のSIerでは、入社4年目からシリコンバレーで現地のベンチャー企業との共同研究プロジェクトをされていたそうですが、シリコンバレーにはどのような経緯で行かれたのでしょうか。

 とにかく「ハードウェアよりソフトウェアが面白い」という理由だけで、大学卒業後、中堅SIerに入社して9年9ヶ月所属していました。海外のミドルウェアを日本で販売する部門で、製品サポートを担当していました。ミドルウェアはシステムの一つのパーツとして導入されるものなので、サポートの対象は、現場でバリバリ活躍するエンジニアの方々です。導入にあたりサンプルコードを書いて提供したり、コンサルテーションをする中で設計の支援をしたりしていました。
 また、その会社では、サポート部隊は若手エンジニアのトレーニングの場としての意味も持っていました。配属から3年くらい経って中堅・ベテランクラスになると、マネジメントに進むか、専門職など違う方向に進むかを考える時期に差し掛かっていました。そこで、どうしようか迷っていた頃、たまたまシリコンバレーにあった米国事務所に空きが出たのです。技術面や英語面でギリギリ公募要件をクリアできたので、世界中の凄い人達が揃っているシリコンバレーを見てみたいと思って、手を挙げました。
 そこからは、研究開発やソリューション開発の仕事をしていました。米国事務所のミッションは、日本でモノになりそうなミドルウェアを現地で見つけることと、一方で「無ければ作れば良い」という考え方で、事業化の可能性のありそうな技術を育てたり作ったりして日本に持っていくことでした。
 当時はSOA(service-oriented architecture)というキーワードが流行ってきていた頃で、、既存資産を使いながら全体最適なエンタープレイズレベルの企業システムを作っていこうという考え方に基づき、モデリングツールやワークフローが動くアプリケーションサーバーなどを現地のベンチャーと共同研究して開発していました。

−シリコンバレーで働いてみて、日本と米国のベンチャー、あるいは日米のエンジニアを比較して感じることがあれば教えてください。

 シリコンバレーでは、ベンチャーの経営者の中にエンジニアも多く、そういう若い人たちと話すと、「自分たちの作っているサービスは世界を変えていくんだ」と恥ずかしげもなく言うんです。「本当?」と返そうものなら、「なぜ理解できないんだ!」と突っ込んでくる。始めは、英語独特の表現方法なのかなと思っていたのですが、どうやらそうではなく、気持ちや考え方の面で、日本のエンジニアとは違うんだと気付きました。
 シリコンバレーで働く人々は多国籍で、ネイティブなアメリカ人は少ないのです。世界中から人材が集まり、自分の国を離れてベンチャーを起業したり、現地のベンチャーに入社したりしています。日本で報道されているような有名企業ばかりではなく、小さな会社が多くて、みんな安月給なんですよ。そういう環境でもやっていこうとしているわけだから、みんな本気で世界を変えようと思い込んでいる。そういうところが大きく違うかなと感じました。
 最近は日本でもオリジナルのサービスを作って世界に出ていってやろうという気概のある人が増えましたけど、日本のソフトウェア業界全体で見るとまだまだSIerさんが多いですよね。そして、世界を本気で変えようとは思っているSIerは少ない。目の前のお客様に満足していただくシステムを作るのが彼らの至上命題ですから。
 また、一つのテクノロジをとってみても、アメリカで生まれることが多い。なぜアメリカで生まれるのか。彼らは世界を変えたい、変えなければいけないという思いが強いからです。一方、日本のエンジニアは、新しく生まれたテクノロジについて翻訳されたサイトで知ったり、どこかの優秀なエンジニアが日本語で書いてくれたハウツーを見たりして、それを試して喜んでいる。当時の自分もそうでしたが、今思えば「なんだそれ?楽しいの?」って感じですよ。ビジネスモデル然り、テクノロジ然り、学ぶことで終わってしまう人が多い。そこからどんな価値を生み出していくのかということまで議論できる人が少ないと思います。

 シリコンバレーのメンバーは、実際みんな優秀でした。当然日本にも優秀な人たちはたくさんいますが、割合が違います。しかも、ほとんどが抜群に優秀な人たちばかりで面白い。そういう人たちが必死に世界を変えようとしていることを肌で感じました。

 アメリカに行くまでは、自分の技術力を上げるとか、巷で凄いと言われている新しいテクノロジを誰よりも早く学ぶということに満足感を得ていました。だけど、結局誰かが生み出したものを学ぶことはエンドレスだし、1個できれば2個も3個も同じことの繰り返しだと気づいたんです。「あいつはテクロノジを早く吸収するよね」という存在では、それ以上の成長がない気がして、技術のための技術を学ぶというのはイマイチだなと思い始めました。そして、そういうテクノロジを使ってデカいことがしたいと思うようになっていきました。

−ベンチャー企業へ転職しようと考えたのは、どのような経緯からでしょうか。

 私は2回アメリカに行っているのですが、最初に行ったときにテレビを見ていたら、インターネットを通じたマイクロファイナンスを事業にしているKiva(キーヴァ、スワヒリ語で「調和」「同意」を意味する)という非営利団体が採り上げられていました。そのニュースを見て、「凄い」と震えたんです。Kivaは、若いエンジニアと奥さんの夫婦で立ち上げた団体で、インターネットを介して小口融資を募り、発展途上国の個人事業主に小額の融資をするサービスを提供しています。始めは奥さんが代表をして、旦那さんは有名なIT企業で働きながら夜の時間を使ってシステムを作り上げました。アメリカ人からみたら1ドルや2ドルはちょっとしたお金ですけど、アフリカの人たちは今日食べていける単位のお金です。Kivaは、そのような人たちに寄付ではなく、小額の融資をしているのです。その日食べるためのお金ではありません。そのお金を原資にして民芸品等のみやげ(商品)を作るために材料を仕入れて、ビジネスを成功させて稼ぐための融資です。稼いだ後はきちんとお金を返してくれ、という循環システムを提供しています。
 Kivaを知ったことで、「情報システムってこういうこともできるんだ」という衝撃を受けましたし、ベンチャービジネスについて真剣に考えるきっかけにもなりました。当時、24〜25才の頃で、起業するということも本気で考えてみたのですが、なかなかアイデアが出てこない。出てこないからと言って、このままSIerに居続けるかというと、それではつまらないと感じていました。起業したいと思いながらも、どんな事業でも良いというわけではない。だったら、今、自分で立ち上げることにこだわるのではなく、ベンチャーで働くという選択肢もあると思っていました。そう考えながら29歳のときに帰国し、転職活動を始めたのです。

−転職活動をされた当時は、Sansan以外にも見ていたと思うのですが、Sansanと他の企業とでは何が違ったのでしょうか。

 初めての転職のため、どういうポイントで会社を見ていくべきなのか良く分からなかったので、フィーリングで選ぶしかないなと思っていました。でも、色々な企業の担当者にお会いして話を聞いたのですが、どうも熱さが自分の中に沸き起こらなかったのです。

 物凄くおこがましい言い方なんですけど、こんな僕でも自分の時間が唯一の貴重な資産です。ですから、その資産の投資先としてどの企業に自分の持ち駒である時間をベットするかを真剣に考えたとき、人生をかけたいと思える企業に出会えなかったんです。

−それは起業家を見て、あるいはビジネスを見てそう感じたのでしょうか。

 両方だと思います。私が転職活動をする過程で大事にした価値観が2つあります。まず一つは、物事を良くしていきたい、より良いものにしていきたいという思い。そしてもう一つ自分の根底に流れているのは、「今のITサービスは、恵まれた人・持てる人に対するサービスになってしまっているのではないか」という問題意識です。例えば、iPhoneでツイッターを使ってコミュニケートするような人は、そもそも色々な意味で恵まれた環境にいるわけです。でも、僕にとっては、先程のKivaのマイクロファイナンスの話に衝撃を受けたように、まだ情報サービスが届いていない人たちに届けることの方がピンとくるものがあります。
 そういう考えを持っていたので、色々な企業のお話を聞いても、例えば「検索エンジンを作っています」と言われても、自分にとってはあまりピンと来なかったんです。Sansanのサービスも恵まれた人向けだと言えなくないのですが、当時、SFA(営業支援)領域のシステムはまだまだ発展途上な印象だったし、周りのビジネスマンたちは、使いにくいのに義務感に駆られて無理をして利用していて、なんて不幸なんだろうと感じていました。
 なので、Sansanの話を聞いたとき、日本のビジネスマンの生産性を上げたいということや、営業という領域でまだ情報サービスの恩恵を受けられていない人たちに、本当の意味で価値を届けたいという話として理解出来たので、とても強く共感できました。

−アメリカでの経験は会社選びにどう影響しましたか。

 アメリカに行くと、日本人は2つのタイプに分かれると思います。1つが、アメリカ人になりたいタイプです。僕の知り合いでも、アメリカ国籍を取得した人もいるし、永住権を取って現地のベンチャーでずっと働いていくという人もいます。もう1つが、日本が一層好きになって、日本人として何とかしてやろうと思うタイプです。自分は後者でした。
 アメリカから帰って転職活動を始めた当時、縁あって代表の寺田に会いました。話を聞いて、「三三(現在の社名はSansan)」という社名が漢字であり、話の中でも日本人であることを凄く大切にしていると思いましたし、日本の企業として世界で戦っていきたい、と聞いて共感できました。
 当時、Sansanは十数名の会社だったし、世界に出ていける保証があったわけでもなかったのですが、荒唐無稽とは思いませんでしたね。彼の言い方には説得力があって「なるほどな」と思いましたし、この人のこのプランに参加するために自分の時間をベットするのはありだなと感じました。今振り返れば、起業家とビジネスの両方を見ていたのだなと思います。

−入社してからは、どのようなプロジェクトをご担当されたのでしょうか。

 入社前から「ロードマップに責任者としてお前の名前が入っているから早く来い」と言われて(笑)、実際に入社直後に「Sansan」の基幹システムの再構築プロジェクトに携わりました。
 サービス開始当初の「Sansan」は「名刺を管理するサービスである」という概念が根底にあって、システムも「蓄積した”名刺”をどう使うのか」という発想で作られていました。しかし、自分たちがやりたいのは単なる名刺管理のサービスではなく、人と人の出会いの価値を具体化して提供していくことだったのです。ちょっと抽象的な話になりますが、名刺は人と人との出会いを表す証であって、必ずしも名刺そのものを管理する必要はないわけです。社内ではいつも「本来、システムとして表現したいのは人間と人間(の関係・つながり)なんだ」という議論がなされており、「ならば、それを実現できるシステムにしよう」と、再構築プロジェクトが始まったのです。

 プロジェクトを進めるにあたっては、かなり深い検討を重ねました。再構築前後の「Sansan」を見比べた場合、表面的な部分はちょっとした違いしかありませんが、中身は大きく変化しています。
 例えば、商談の記録を蓄積していく「名刺CRM」という機能があります。
 従来のシステムでは、システム上も、データ構造上も、名刺に議事録が紐づいていました。「Aさんの「名刺」を何月何日にもらいました。そのときの議事録はこれです。」というように紐づいていたわけです。例えば、寺田と私が異なる日にAさんに会った場合、「寺田の書いた議事録がついている名刺データ」と「私の書いた議事録がついている名刺データ」は別物として扱われていたのです。そのため、誰かが「寺田がAさんと会ったときの議事録」を読もうとすると、どのAさんの名刺データに議事録がついているのかすぐに分からない構造になっていたのです。
 新しいシステムでは、Aさんという「人」に何月何日に会いました、このAさんの名刺データはこれで、過去に自社の誰と誰が議事録を残しています、としたかったんです。Aさんという「人」に、寺田の書いた議事録も私が書いた議事録も紐付けられるようにしたのです。

 サービスの思想の変更は、システムや設計の観点でもとても大きな変革を求められます。名刺と名刺ではなく、人間と人間が出会ったことを企業内で共有していこうという思想の変革、これはシステムの根幹部分にも大きく影響することで、期間としては1年ぐらい、工数で言えば百何十人月以上のプロジェクトになりました。そのアーキテクチャの設計とプロジェクトのリードを入社早々やらせてもらったのです。これはかなりやりごたえのあるチャレンジだったし、自分としてもやり切った自信があります。
 新システムを無事リリースできた後は、引き続き開発グループのマネージャーをしていました。

−開発全体ではどのような仕事に分かれていて、全部で何名くらいいるのでしょうか。

 開発だけでみると、入社当時が6〜7名、現在は15名くらいです。バックヤードのシステムも含めると、大きく3つのチームがいます。
 1つ目は、名刺の入力システム。名刺入力の工程をいかに効率化していくかを求められるシステムです。2つ目が、「Sansan」のWebアプリケーション開発です。名刺を起点にデータ化された情報を活用し、組織の生産性を高めためのアプリケーションを常に開発・改善し続けています。3つ目が、現在リリース準備中の個人向けサービスです。
 入力システムチームと個人向けサービスの開発部隊が3〜4名、残りが最近まで私がマネージャーをしていた「Sansan」のチームで、開発部隊の中では一番大きいですね。「Sansan」の開発は、常に機能の追加・改善が行われています。当社では、7〜8名で一気に一つの機能を作り上げるのではなく、常時4〜5本のプロジェクトが走っていて、1つのプロジェクトに1〜2名がアサインされている状態です。その他にQAとインフラの部隊があり、全員で助け合いながら日々の運用の仕事もしています。
 最近は新卒採用もしていますし、20代後半から30代前半の人たちが多いので、比較的若いチームだと思いますよ。

 私自身の仕事は、それぞれのプロジェクトの進捗を見ると同時に、アーキテクトとして設計をしていましたので、プロジェクトの立ち上がり時期には担当者と細かい仕様を詰めたりしていました。

−設計に携わっている人はどのくらいいるのでしょうか。

 専門のアーキテクトとして、アーキテクチャ全体を見ている人がいるわけではないんです。会社全体では、設計のレイヤーで議論できる人がもっと増えるといいと思います。そのため、今後入社いただくエンジニアの方の中で、設計まで手がけたいという人やその素養がある人ですぐに活躍できる方でしたら、アーキテクトとしての役割をお願いしていきたいと思っています。

−藤倉さんが、現在担当されているのはどのようなプロジェクトでしょうか。

 現在、「Sansan」の開発はCTOである秋山が担当しています。私は入力システムの効率化を推進するGEES(ギース)プロジェクトを担当しています。
 当社の入力システムは、サービスインから常に改修を続けていますが、基本的な部分は3年半くらいほとんど変わっていません。3年半前に書かれたコードがまだまだ動いているんですが、そこに重ねていろいろな経験やノウハウを溜め込んでシステムに追加されており、とても複雑化してきています。
 また、性能の観点では、自社センターと複数の国内外のパートナーさんという現在の入力体制でかつ入力枚数が一定な状態であれば問題なく稼働しています。しかし、これを100倍にして耐えられるかというと難しい。これから我々も世界に出ていこうとする中、より大量の名刺入力業務が発生しても対応できるシステムを構築しようというのがGEESプロジェクトのミッションです。

(vol.2に続く)

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